インドネシアのテンプテーション
宮城 聰
ユディがやってくる。誘惑者たちを引き連れて。南緯8度の古都から。
僕は彼に会うたびに魅了されてきた。彼の寛容と謙虚に接すると、欧米にはこうした人間はいない、これはまさしくアジア人の魅力だ、と思わずにいられない。そして(僕自身の不寛容と傲慢を棚に上げて)アジア人である自分までも誇らしく思えてくる。
さらに、その年齢の若さに驚き、次に年齢の割にはとても長い演出キャリアに驚く。なぜそんなに早くから演劇に関わったのかと尋ねた時の彼の答にまた驚く。彼はかつて不良少年で、その矯正のために演劇施設に入れられたのだ!
なんて格好良いんだ。それであの優しさなのか!
ナマで見ることが僕の宿願だった彼らの代表作『ワクトゥ・バトゥ』を、ついに招聘できることになった。ほんとうにもう、これはひとりでも多くの方に見ていただきたい傑作だ。どこよりも早く“多様であること”に価値を見いだし、それを自国のウリにまでしたインドネシアという「多様性先進国」、そこから生まれた『ワクトゥ・バトゥ』はまさに現代世界へと放たれた最先端の希望の矢なのだ。
そのあと、ク・ナウカと彼らのコラボレーションで新作を作る。ユディに、じっくり7週間の稽古期間を割いてもらった。嬉しいことだ!
身体表現に著しく比重のかかるユディの舞台で、美加理ほか日本の俳優たちがどこまで跳べるだろうか。インドネシアから来たしなやかな鳥人たちと張り合って――。
きっとク・ナウカの俳優たちの体内で、インドネシアの古代寺院の廃墟で『マハーバーラタ』を上演したあのときの、千年前の風がからだを吹き抜けるときの震えがあばれ出すに違いない。
ク・ナウカの演出家として、それは僕には怖ろしいことだ。ク・ナウカの俳優が、僕の知らないところへ行ってしまう!僕の知らない彼方へ!
だが、見たい。 |