宮 城 聰 
創造のためのNPO組織作りについて思うこと
 僕らがク・ナウカという劇団を旗揚げしたのは1990年のことです。
 僕の世代の演出家たちはたいていその頃には小劇団を持っていて、しかも大半は有限会社か株式会社になっていました。僕自身はたまたま80年代(小劇場ブームの時代)に一人芝居をやっていたためその列には加わっていませんでしたが、劇団をやるなら会社組織にするのが当時の風潮でしたし、「年間に動くお金が2000万を超えたら劇団は会社にしたほうが有利だよ」と友人達からも聞いていました。
 90年秋の旗揚げ公演直後に、僕はニューヨークの劇団で演出アシスタントをしている友人を訪ねました。アメリカでの稽古や彼の劇団の話をいろいろ聞いているとき、「僕がいる劇団はNPOなんだけど、毎年のように劇団のミーティングで“このままNPOであり続けるべきか、それともコマーシャルシアターにしてしまうか”が議論になるんだよ」と言われました。NPOとは何の略語かも知らなかった僕は、それはどういうことなのかを詳しく尋ねました。「Non Profit Organizationになっていれば税金の優遇などがあるが、そのかわり入場料の上限が決められている。もしその劇団にヒット作が出て今後かなりの観客動員が見込まれるなら、NPOをやめてコマーシャルシアターにしたほうが収入は増えるし儲けをメンバーに分けることもできるんだけど、でも長い目で見てどうかという議論になるとなかなか決着が付かない――。」
 なるほど、そういう法人組織もあり得るのか!
 日本の友人達の小劇団は、決して儲からない仕事だとあらかじめ自認しているのに有限会社や株式会社になっていたわけですが、それはそもそも根本的な矛盾です。営利を目的としない営利企業、っていうのは笑えます。ク・ナウカを旗揚げしても、その看板に「営利企業」とは書きたくないなぁと正直なところ思っていたので、ニューヨークのNPO劇団の話を聞いて以来、「いつか日本にもそういう制度が出来るなら、ク・ナウカもそれにしたい」と思っていました。
 というわけで特定非営利活動法人法が成立するやすぐに僕らは認可申請をしたのですが、意外なことにその後劇団でNPO法人になるところがあまり出てきません。その理由は明白で、NPO法上のミッションである演劇公演活動での収入が有限会社同様に課税されてしまうからでしょう。アメリカのようにここが非課税になるならかなりの劇団がNPOに組織替えするはずです。
 しかし「所得が課税されない」ためは、「その人達は自分個人の利潤を追求しているのではない」という前提が必要になります。そしてそれを、事業型のNPOがあかしだてするのは簡単ではありません。納税者から見ると、「営利企業のやっている演劇公演」と「利益を目的としていない劇団による演劇公演」の、外形上の差がわからない、という問題です。舞台俳優でも、外車に乗って、立派な邸宅を建てている人がいますから。
 僕は、NPO劇団の公演は入場料がいくら以下、といった目に見える枠を課し、そのかわりに税の優遇がある、DM郵送料が減免される、というのなら国民に納得してもらえるだろうと考えます。さらに、俳優の出演料や演出家の演出料はいくら以下、という決まりもつくり、出演料の総額が公開(縦覧)されるようにしたらいいのではないかとも考えます。そうすれば「高い芸術的ビジョンに基づく作品も、経済的に成立させるためにタレントを出演者に加える(それによって入場料も高くできるし観客動員も確保できるから)」という現代日本演劇界の奇習も排除することが出来るでしょう。つまり劇団側がみずから積極的に透明性をアピールすることで、「なるほど芸術創造も市民社会が支えるべきものなのだな」という認識が促進されると思います。
 現状では法人税法上のメリットはありませんが、しかし自分たちの看板に堂々と「非営利団体」と掲げられることの精神的メリットは小さくありません。いまはやせ我慢をしてでも「NPO芸術団体」としてのあるべき姿を示し、その実績からやがて優遇税制実現につなげていければと考えています。
【初出】芸団協Journal Vol.8 2002年8月
    原題「まずはNPO 芸術団体のあるべき姿を体現」
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